メニュー(お好きなのをどうぞ〜!)

2006年04月20日

芸術分野におけるファンドの意義





 ここ最近、芸術分野におけるファンドによる制作が、ちらほらと出てきた時代なのかなぁと思います。芸術は支援なしでは生きられないものなのかもしれません。なぜなら、歴史上芸術単体でマネーを生み出すというより、権力者や成金の下に属することで生きながらえてきた節があるからです。ある時は貴族お抱えの絵師であったり、ヒトラーの大衆操作に使われたり。
 
 映画「忍−SHINOBI」は日本で初めての個人向け映画ファンドの応募を受け付け、投資額は一口10万円から。何口でも申し込め、 映画ファンドで集められた資金は、「忍−SHINOBI」の製作費などに充てられ、劇場収入とビデオ収入から利益を還元される仕組みです。

 音楽でも、新人アーティストをファンドでもって育成するということが、起こっているみたいで、ミュージックセキュリティーズでは1口1万円〜で、全てオンラインで簡単・気軽にお申込ができるそうです。

 しかし、多くの資金を集めるためにはより多くの大衆に魅力があると思わせなくてはなりません。従って、ここでも芸術は大衆に従属するという図式が起こってしまいまい、今までの流れと何一つ変わらないのかもしれません。大衆から多くの支持が得られるというのは必然的に多くの潜在的利益が期待でき、ファンドはビジネスの匂いを嗅ぎ分ける道具なのかもしれません。

 芸術はそれ自体のために奉仕するというスタイルは、近代になって流れとして現れましたが、それが結果として芸術家たちを弱らせる事態を引き起こしました。やはり、金持ちの下で霞みを食っていくのがよいのでしょうかね?

以下はアイドルファンドに関する記事です。
http://plaza.rakuten.co.jp/japaner/8002





posted by チャーリー at 20:47| Comment(0) | TrackBack(2) | 表現・芸術について思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月30日

空間の支配者としての芸術

 最近思ったのは、音楽やその他の芸術も、しだいにその社会的役割が変わってきている時代であると思います。もはや音楽は資本主義のメカニズムに組み込まれ、大企業のマーケティングを主体とした戦略は不思議と多様化ではなく単一化に向かっているように思えます。
 職業として音楽家が誕生した時点で、もはや大衆との関係は切り離せないし、生きてくために金を音楽で稼がないといけないのは仕方がないことでしょう。しかし、それが大衆の日常文化として、地域文化としての音楽・芸術の発展を衰退させる一要因になってしまったことは、言うまでもない事実であると思うわけですね。
 沖縄では職業としての音楽家が少なく、島民の多くが集まれば音楽を奏でだす人達だと言います。結果として独自の音楽が今でもその地域には存在しています。
 大衆(ポピュラー)音楽がいらないなんてのは言いません。現にElvis Presleyのように時代の先の空気、活気、ハーモニー、リズムを生み出した人物もいます。従って大衆(ポピュラー)音楽はその時代の色をある程度反映している存在と言えるでしょう。
 しかし、ヘーゲル、マルクスのいう弁償法が成立するなら、そろそろアンチテーゼが起こっているのではないでしょうか?場を支配するものとしての音楽文化・伝統としての音楽空間演出としての音楽儀式としての音楽、そのような過去の役割がよみがえる時期になっているのかもしれません。
 こう考えてくると、ロシア・アヴァンギャルドの画家のカジミール・マレーヴィッチが言っているように、世界は閉じたシステムにあるのかもしれませんね。

posted by チャーリー at 10:45| Comment(1) | TrackBack(0) | 表現・芸術について思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月16日

おもしろいアート作品を発見しました。その名も"連画"。

 実は明日、大学のメディア論という授業でレポート提出があるのですが、その題材が結構面白いです。
連画というプロジェクトがその題材だ。今、ちらちら見ているのだが、なかなか刺激的なプロジェクトであります。インターネットというメディアが登場し、アートという領域では今までに考えもつかなかった表現が、ここ最近では模索されていますが、この安斎利洋と中村理恵子というアーティストも興味深いですね。以下がそのURLです。
http://www.renga.com/index_j.htm
みなさんちょっと覗いてみて下さい。


posted by チャーリー at 15:27| Comment(3) | TrackBack(1) | 表現・芸術について思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月08日

メディアアート...アートの先端を見てきた。

「アート・ミーツ・メディア:知覚の冒険」というイベントが
NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]で開催されています。
先日、それを見てきました。

芸術は常に技術、科学と共に発達してきた。。。
そんなことは良く言われるけれど、改めて実感した。
考えてみれば、写真が誕生してなかったら、絵画は現在のように発達していなかったように思うし、テレビがなければ、続きを読む
posted by チャーリー at 14:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現・芸術について思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゴッホの『ひまわり』

先日、高田馬場からひょんなことで、散歩をし始め、気づくと新宿にいた。
とっさに頭の中で、新宿のデータを検索した結果、ゴッホの『ひまわり』。
たしか、損保ジャパンのビルの美術館に納められているはず。
一度は拝まなければならない、、、そう思っていた。
入場料はなんと300円(大学生)!安い!これで、『ひまわり』が見れるのか?
さて、入ると続きを読む
posted by チャーリー at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現・芸術について思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

横浜美術館「マルセル・デュシャンと20世紀美術」展を見た!

今日は横浜美術館にて「マルセル・デュシャンと20世紀美術」展を見てきました。
かねてから、いきたいと思っていたのですが、なかなか都合がつかなかったもので。
入ると早速ウワサの『』がでてきました。へぇ〜とこれが。。。

続きを読む
posted by チャーリー at 14:11| Comment(15) | TrackBack(5) | 表現・芸術について思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

初めて歌舞伎を見ました。

 歌舞伎十八番の内『鳴神』を見てきました。主演は鳴神上人が坂東三津五郎さん、雲の絶間姫を中村時蔵ということなのですが、僕は歌舞伎に関してはまったく知識がないので、この人たちがどのくらい偉大なのかはよく分かりません。でも生まれて初めて歌舞伎を生で、しかも全編寝ないでみました。
 ところが、これが不思議に面白いからびっくりしました。現代で言う吉本新喜劇のようなものなのだと思いつつも、前半の絶間姫との、からみのときの鳴神上人の容姿と後半の怒りに燃えた鳴神上人の容姿の対比が絶妙で、見ていてすごくひきつけられました。
 あと、巧妙に台詞まわしが古いのでごまかしていますが、とってもエロいですね。でもこれが江戸時代、大衆芸能として大人気だったのはとても納得がいきます。非常に生活に密着していて、当時の人たちの考え、生活がよくわかり、なにより“笑い”ということをとても大切にしていて、ああすばらしいと心底思いました。
 でもなんで、こんなにエネルギーと言いますか、活力があるのかと考えてみますと、う〜んなぜだ?必ず人間世界の、ダメなとこも描いているからなのかなと思ったりします。あと、メリハリですかね。今の俳優さんはほとんど平坦ですからね。それと、生舞台というものもおそらく関係しているのではと感じます。と言いますのは、映画などは、どういうわけかある種の“非現実性”を帯びるのですね。どんなに日常をとってもどこか、僕らの世界とは違うなにが。しかし、この“非現実性”は演劇にもあてはまると思います。
 ところが、歌舞伎はそれらとは別の何かを持っていると思います。なにか異質のエネルギーを。詳しく分析するには、まだ経験値がたりないと思います。だけど、非常に興味深いことなので、ちょっと図書館に行って調べたり、もう一回歌舞伎を見にいきたいと思います。

ちなみにこんなページ見つけました。
切られお富!:私が選んだ、歌舞伎入門のためのブックガイド

歌舞伎のブログはあったかな?

へろへろジャズレポのトップへ
posted by チャーリー at 13:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現・芸術について思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

フリージャズのワークショップ

 フリージャズのワークショップの開催情報、どなたかご存知の方いらっしゃいませんか〜?地域などの指定はございませんので、ぜひぜひコメント欄にカキコお願いいたします。

現在ではこんな情報、発見しました。
Yokohama Nights and Days:入谷『なってるハウス』
ランドゥーガワークショップin仙台
「新・即興の日」
フリージャズ/即興音楽Duo・Avant Jungle Garden

フリージャズの話題はあったかな?

へろへろジャズレポのトップへ
posted by チャーリー at 13:51| Comment(84) | TrackBack(18) | 表現・芸術について思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ユーリ・ノルシュテイン『霧につつまれたハリネズミ』を見て。。。

 今日は大学の授業でユーリ・ノルシュテインという人を紹介していただきました。ロシアの人ですかね?『霧につつまれたハリネズミ』というアニメーションを見ました。
やはりロシアという国の芸術は面白いとつねづね思います。ストーリーを説明するのは、時間がかかるのでこの場ではできませんが、人生における、「見る」と「見られる」ということに焦点をあてたとてもいい作品だなと思います。あと、とてもほっとするアニメーションです。
 しかし、世の中には、とくに視覚芸術には今日とても面白いものがあると思うのですが、どうして音楽には、なかなかこういう作品と出会えないのでしょう?やはり人間は視覚動物なのでしょうねぇ。やはり、音楽の人ももっと「聞く」「聞こえる」といったことから考え始めなければいけないですね。もっともボクの勉強不足かもしれませんが、どうですか?みなさん何かこのおバカな学生にアドバイスお願いします。レイ・チャールズとかはこの辺よく考えてるように個人的に思いますねぇ。

ユーリ・ノルシュテインの公式ホームページはコチラ

ユーリ・ノルシュテインの話題があるかも。

へろへろジャズレポのトップへ
posted by チャーリー at 13:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現・芸術について思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メディアアートに興味がある人必見!「アート・ミーツ・メディア:知覚の冒険」

アート・ミーツ・メディア:知覚の冒険
会期: 2005年1月21日(金)─ 3月21日(月・祝)
会場:NTTインターコミュニケーション・センター[ICC] ギャラリーA,B,5Fロビー,エントランス・ロビー
主催:NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]
でおこなわれるらしい。概要はは以下。

「メディア・アート」は,その言葉が一般的に使われるようになった1990年代初頭以降も,多くの人にとってはまだなじみの薄い分野だといえます.しかし,ここ数年はメディア・アート関連の展覧会やフェスティバルなどが数多く開かれ,大学などにおいても専門的に学ぶコースが次々に設立されるなど,多くの注目を浴びる傾向にあります.
 本展覧会では,このような背景下におけるメディア・アートの現状を,その短い歴史を振り返りながら紹介しつつ,厳密な定義が未だ与えられていないために,いろいろな分野へと開かれているメディア・アートの特徴や可能性について確認,考察していくこととし,映像,コンピュータ,音響機器,インターネット,電波などさまざまな「メディア」を利用し,鑑賞者の参加を促すインタラクティヴ・アートから社会性の強い作品まで多様な表現スタイルをもつ作品を展示いたします.

ですって。おもしろそうですね。ぜひ行って感想メールをアップします。
詳しくはコチラ

アート系ブログは結構面白いと思います。

へろへろジャズレポのトップへ
posted by チャーリー at 13:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現・芸術について思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

障害者の芸術。

 今日は障害者の家にボランティアとして、生まれて初めて参加しました。そこで興味深いことに気がつきました。セーラームーンの実写版を見させられたのです。別にそれはあまり深い意味をなさないのですが、それを見ていたときのその子の質問が実に興味深い。
 セーラームーンの主役である“うさぎ”がふとした転校生によって意地悪される場面があったのですが、その子はその意地悪する転校生をみて、ひたすら「なんで?」と聞くのです。「悪いのなんで?」と聞くのです。
続きを読む
posted by チャーリー at 13:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現・芸術について思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マルセル・デュシャンの展覧会

 マルセル・デュシャンの展覧会が1月5日から横浜美術館ではじまったようです。
 木曜日休館
 10時から18時(金曜日〜20時)
 一般1200円
 大高生800円
 中小生400円
詳しくはこちら
概要は以下
この展覧会は、20世紀はじめの美術に大きな転機をもたらしたマルセル・デュシャン(1887−1968)の主要な作品75点と、デュシャンと向き合った世紀後半から現代までの芸術家34人による作品78点を対置し、美術とは何かを考える企画です。

 ぜひ行かなければ!!行ったら感想レポupします。

他にも意外にデュシャンの話題多いっす。

へろへろジャズレポのトップへ
posted by チャーリー at 13:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現・芸術について思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今年の抱負。〜しがない芸術家編〜

 新年も始まり、今年はどのようなことを、と考えると、やっぱ自立だよなぁ〜。ウチも今年で20歳になろうとしているわけですが、去年を考えると、、、う〜ん。なんか楽器を練習してうまくなるのはいいけど、自分の飲み会代とかをいちいち足りなくなってから親にせびるのはもうやめにしたい。こんなんで、社会に出たら生きていけないよなぁ。音楽とかアートとかっていうのはさ〜それで生活できるだけの実力が生まれながらあるんなら、そりゃ世間はぐちぐち言わないよ。だけどそんなひとはいなくて、絶対下済みというか、修行期間というか、そういったモノがあるわけじゃない。お金持ちの子供さんは親がバックアップしてくれるから、いいんだろうけど、ウチの家は父親も働いてるんだか分かんない状況だ。そんな家で子供は金にならないことばっかやってるとなりゃ〜大学生のうちはいいけど、社会に出てそれは通用しない。だからほんとに芸術活動をやろうと思うなら、まず大学生のうちに試行錯誤してお金の稼ぎ方を学ばないといけない。まあ、こんなこというと多くの人たちは早くバイトしろよと言うかもしれない。しかし、一人暮らしの費用を算出すると、家賃が安くて風呂なし5万、ちょいリッチで8万。リッチがいい。食費で2万。光熱費で2万。ここまでで12万。次に飲み食い代1万5千。サックスのレッスン費が2万。交通費が5千。ここまで16万。ここに大学の学費、ウチの学費の一ヶ月あたりは7万。さて、これで23万。これで、遊び代も2万くらい追加すると25万。これくらい一ヶ月稼がないと、健康で文化的な最低限度の生活を営むのは難しいもんだ。
 これをアルバイト自給1000円で計算すると、週5で考えると朝9時から、夜6時まで、実働8時間。つまり8000円これに日数20をかけると160000円。しかも、ウチは夜に授業があるから18時から21時は授業とすると、いったいいつ練習するというのかね?しかも16万じゃ25万まで10万近い差があるじゃんか。こんな方法では練習できない、暮らしていけない。それは誰が見ても明らかだ、しかしこれを解決しないと、芸術家なんて職業を目指すなんて馬鹿げてると言われてしまうわけだ。
 だから、今年はなんとか考えます。生きていけるように、考えてみれば芸術家はこのマネーに疎いからマネーに強いやつに利用されて、ポイッとされてしまうんだ。とくに音楽業界は。大学生のうちに流通の仕組み、金がどう動いているのか、マーケティングとは、インターネットが及ぼす影響とかを理解しないと、ダメだ。いやほんとに。しかし、ブログというのはいいものだ、ウチは怠け者で、面倒くさがり屋だ。だけど、こういう公の場で発表しちゃえば、ホラでも実行しないと気まずい。見たやつからぐちぐち言われるだろうが、それをバネに頑張ろうと思います。
イエぃ〜イエぃ〜イエぃ〜。今年も頑張るぞ〜。

人気blogランキングへ

へろへろジャズレポのトップへ
posted by チャーリー at 13:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現・芸術について思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

森美術館アーキラボに行ってきた。

友達と一緒に、、、

 六本木ヒルズの森美術館では3月13日まで「アーキラボ〜建築・都市・アートの新たな実験展1950-2005」というのをやっている。これは建築現代史を把握でき、各時代の理論や実際に建てられた建築など、建築科の学生だけでなく、一般の人も「ああ〜こんなコンセプトで最新の建築は建てられているのか」ととてもおもしろいものになっている。「へ〜こんな建築9.0の地震がきたらつぶれちゃうだろう〜」と思うのもたくさんあり。現実的かどうかは二の次にしても、建築家がどのように考えて、建築と向き合っているか分かる気がする。

 欲をいえばもっと、続きを読む

posted by チャーリー at 13:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現・芸術について思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1月2日ニューデザインパラダイスカフェに行ってきた

 昨日はお台場のフジテレビ7Fにあるニューデザインパラダイスカフェに行ってきた。これは毎週木曜日の8チャン深夜24時35分 〜 25時05分にやっているニューデザインパラダイスで制作された作品を展示しているカフェなのだが、といってもボクは偶然何回か見ただけで、昨日になるまで正確な放送時間を知らなかった。で、友に誘われて行ったのだが、やっぱり期待どおり面白いものになっていた。
 たしかに、アート史上の”新しさ”というものはないのだけれども、制作者がデザイナーという職業の人だけでなく、音楽家や料理人といったさまざまな職種の人が担当しているせいか、不思議と面白い発想があらわれているところがすばらしい!!
 とってもリラックスして「こういうのあったらおもしろいじゃない?」というような感じで造っているのが、見ているこちらも何か造りたいという欲求をかき立てる。子供の発想というものなのであろうか?創造と子供というのはやっぱり興味深い。思えば創造的な人は意外と子供っぽいというのはあながちデタラメではないような気がする。
 ぜひぜひ番組の方を見てみて下さいな!次回は1月14日 0:50〜1:20、、、あれ、金曜日だぞ。う〜ん。詳しいサイトは以下。
 ニューデザインパラダイス

デザイナーのブログもありますよ〜。

へろへろジャズレポのトップへ
posted by チャーリー at 13:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現・芸術について思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シャガールを見てきた!今日は29日。

 今日、久しぶりに表参道のアニウ゛ェルセル表参道でシャガールを見てきた。ボクはこういった絵画を説明するだけの語彙をもっていないため、文章にするといささか誤差が生じるとおもうのだが、まあまあまあ気にせずに!
 ボクは個人的にシャガールという人は大好きだ。なぜと言われると、、、う〜んなぜだろう。とにかく初めてシャガールを見たときはもう、、、なんとも言えないかんじだった。う〜んとりあえず絵画ってこんなにいいものなのかと思った。それくらいシャガールの絵には不思議な力が宿っていると思う。なんというのか、シャガールの絵は見ると、自分の中のどこか「氷みたいな物」が融けていく感触がある。それはボクの陳家な語彙では表現しきれないが、しいて言うなら自分の負の感情「妬み」「焦り」「暴力的な何か」「悲しみ」とか、、、うんよく分からないけど、そういうものが融けていく感触に見舞われ、ああ明日も頑張ろうと思ってしまいそうな感じ、、。
 それは、一般的にシャガールの絵の解説に使われる「愛」とか「希望」とかの感情が自分の中でくすぶり始めるという感じかなぁ〜ちょっと語彙が足らない、そんな陳家な2・3文字で表せるものではない気がするが。
 シャガールはその作品を見てみると、なにより本当にこの人は絵を書きたくて書きたくてしょうがない、、、う〜んちょっと違うかな、、、自分が思ったことを表現したくてしたくてしょうがないのかなと思わせるとこがある。今まで見てきた芸術作品(音楽表現を含め)の中にこういうのがどれだけあったかと思い返してみると、指5本も必要ないのではないかと思う。だれかと言えば、う〜ん、系統は全然違うし、主張も対象の位置にいる日本のフリージャズの「阿部薫」がなぜか頭によぎる。彼はシャガールとは対象に「死」の香りがぷんぷんするが、何か表現しようとする感情が飽和状態に達して、空間の裂け目から漏れてくる印象がある、、、う〜ん、どうも言葉は難しい。なんて、まあこれはこの辺にして。
 シャガールは非常に色彩が豊だなぁ。やはり、「感情」「場の空気」が色彩と関係をもっていることは、音楽を含め芸術諸々にも多くの表現において考えさせる余地を与えてくれるであろうと思う。
 なんだか眠いなぁ。寝ます。

シャガールが好きな人が他にもいるかも。

へろへろジャズレポのトップへ
posted by チャーリー at 13:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現・芸術について思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

12月27日のつまらん考え事

 シャワーを浴びて、頭を洗っていると、なぜか目をつぶっている状態の黒い画像の中に意味の分からない絵がフラッシュバックのように浮かぶ、これは何だ。どこの引き出しから出てくるのだ?知らない人の肖像が、火山、風の流れ、なんか光っている物、ワリオ、人差し指、、、というふうに。「表現」というものを考える時、その表現対象は何であれ、それを「自分」がどう思うか、感じるか等、「自分」という存在にぶつかる。即興演奏においてもより高次な段階においてはより内側つまり「自分」というものと向き合うことになる。なぜなら旋律は内側からわき上がってくるもので、外から持ってきて貼付けても「歌」というものには当てはまらない。もっともこの貼付けすなわち「コラージュ」という認識は複製時代の産物で、これを積極的に表現の方法として使用しているアーティストは近年多くいらっしゃるが、う〜んなんだかわからなくなってきた。話を戻すと
 その「自分」から沸き上がるものというのが、表現につながりそうで、いまいちつかみどころがない。いったいどこからくるのだ?ふと思ったのは何か自分の世界の外側に世界があって、そこから「情報」がときどき漏れてくる感覚に近い。イデア論?ところが、この漏れてくるものは何かに反応して漏れてくるのであろうか?それとも無関係に漏れてくるのか?う〜んさあ〜しらね。でも、これが何か外的刺激になんらか対応しているとなれば、表現の大いなる進歩につながるであろう。他にももっと考えたはずが、何かぼーとする。2時近いしな。記憶も漏れてくるニュアンスにちかい。この辺はいくら理科とかで教わってもすんなりハイというわけにはいきませんね。
 
posted by チャーリー at 13:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現・芸術について思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
メニュー(お好きなのをどうぞ〜!)

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。