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2005年02月08日

12月27日のつまらん考え事

 シャワーを浴びて、頭を洗っていると、なぜか目をつぶっている状態の黒い画像の中に意味の分からない絵がフラッシュバックのように浮かぶ、これは何だ。どこの引き出しから出てくるのだ?知らない人の肖像が、火山、風の流れ、なんか光っている物、ワリオ、人差し指、、、というふうに。「表現」というものを考える時、その表現対象は何であれ、それを「自分」がどう思うか、感じるか等、「自分」という存在にぶつかる。即興演奏においてもより高次な段階においてはより内側つまり「自分」というものと向き合うことになる。なぜなら旋律は内側からわき上がってくるもので、外から持ってきて貼付けても「歌」というものには当てはまらない。もっともこの貼付けすなわち「コラージュ」という認識は複製時代の産物で、これを積極的に表現の方法として使用しているアーティストは近年多くいらっしゃるが、う〜んなんだかわからなくなってきた。話を戻すと
 その「自分」から沸き上がるものというのが、表現につながりそうで、いまいちつかみどころがない。いったいどこからくるのだ?ふと思ったのは何か自分の世界の外側に世界があって、そこから「情報」がときどき漏れてくる感覚に近い。イデア論?ところが、この漏れてくるものは何かに反応して漏れてくるのであろうか?それとも無関係に漏れてくるのか?う〜んさあ〜しらね。でも、これが何か外的刺激になんらか対応しているとなれば、表現の大いなる進歩につながるであろう。他にももっと考えたはずが、何かぼーとする。2時近いしな。記憶も漏れてくるニュアンスにちかい。この辺はいくら理科とかで教わってもすんなりハイというわけにはいきませんね。
 
posted by チャーリー at 13:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現・芸術について思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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